自然の中で暮らすということ

スウェーデンの別荘に来ると、いろいろな意味で「自然」を骨身にしみて感じる。静かで、空気がきれいで、すばらしい環境ではあるのだが、自然の中に暮らすというのは、カラーページのきれいな女性雑誌に出てくるような美しいことばかりではない。都会で暮らすように快適ではないことも多いのだ。はっきり言って、毎年3〜4週間ここに暮らして都会に戻るとほっとすることもある。

まず大きいのは、水。街と違って上水道につながっているわけではないので、井戸から電動ポンプで水をくみ上げている。(つまり停電すると水が使えない。)今は少なくともうちの近所の別荘ではほとんどの家が井戸を持っていると思うのだが、そうでない家のために森の道のここかしこに昔ながらの手動のポンプの公共の井戸があって、よくバケツやプラスチックの容器をもって水をくみに来ている人を見かける。スウェーデンの田舎ではどこでも建築許可を取るのがとても難しい。これは井戸水の供給能力が第一の理由だという。そして、仮に建築許可がでても、水を使ういわゆる水洗トイレは一家にひとつしか作ることが出来ない。(ちなみに、この「水洗トイレ」は水で流すものの、排泄物は家の地下に備え付ける大きな汚物タンクに流れ込み、専門の業者に定期的に汲み取りを頼まなければならない。うちもこの様式だ。)「本物の」スウェーデン式別荘では、トイレは本当の「ぼっとん」便所、シャワーは海か湖に飛び込んで体を洗う、というもの。都会育ちの私にはこれはとても無理なので、我が家はシャワー、タンク整備の水洗トイレ、食洗機(いつも大人数が集まるので)など一応の「文明」がそろっている。やはりにおわないトイレと1日一回の暖かいシャワーは私には必須。それでも、ここで生活するには一定のルールを守る必要がある。

井戸は、水がかれてしまうと二度と使えなくなってしまう。新しく井戸を掘らなくてはならないのだが、これは大変な費用がかかる。なので、今年のように2ヶ月間まったく雨が降らないときなどは使う水の量にとても気を使うし、そうでなくても多くの人数が家に寝泊りして水を使うので、ともかく無駄にしないように気を使う。ふだんNYでやるように水を流しっぱなしにしてシャワーを浴びることなどはしない。去年の夏には私の弟一家がマニラから遊びに来てとても楽しかったが、熱帯の地に住む彼らは一日に2回シャワーを浴びる。これを一家でやられたので当地の水事情を説明しなくてはならなかった。

この近辺の井戸水は少し茶色い。何でも、体に良いミネラルが豊富に含まれているとのことで子供に飲ませる親も多い。ただし、少しにおいがあるし、白いものを洗濯すると色がついてしまう。なのでここでは色物しか着ないし、さらにかなりの投資をして水をきれいにする大きな浄化装置を地下に設置した。

ごみをなるべく減らしたり、自分でリサイクルステーションに持っていくことも必要だ。家から車で5分くらいのスーパーの駐車場にはいろいろな種類のごみをリサイクルのために集める捨て場があり、そこに定期的に持っていって捨てる。生ごみは、どの別荘もコンポストにして庭に戻す。紙もリサイクル用以外は、暖炉の火付けのために取っておき利用。エコライフは、結局人間たちが文明生活の便利さを少しだけあきらめて、ひと手間ふた手間かけることも意味しているのだ。

さて、ここでもうひとつ大変なのが自然の中に住む人間以外の生き物だ。たぶん彼らにとって見れば人間の方が招かれざる客なのだろうが。まず、鹿。これは本当にうようよいて、しょっちゅう庭に侵入してくる。鹿より一回りも大きいヘラジカも時々やってくる。うちの庭に植えてある花は基本的にすべて鹿が食べないもの。長年ここでガーデニングしていると、鹿が何を好むかもすっかりわかってしまった。ゆりの花。初めの頃、花壇にこれを植えて失敗した。花が開くとたんに食べられてしまう。鹿が好きなバラは、家の壁に這わせるように植えてある。やはり家ぎりぎりまで来るのは、鹿としても恐ろしいだろうから。以前ストックホルムに住んでいた頃、敷地の一角を「開墾」してジャガイモ畑を作ったことがあったが、葉っぱを全部食べられてしまって小さなジャガイモが数個できたのみだった。日本から種を取り寄せて植えた枝豆も。きつねも時々見かけて、小さな子供を襲ったりしないか少し心配ではあるのだが、子鹿を狙うので益虫ならぬ益動物といえる。

今年大変なのは、スズメバチ。家の軒下に大きな巣がいくつか。幸い大型のスズメバチではないが、やはり危険。去年建てた物置の中にも、小さな巣があったが、これは夫が夜ビニールの袋をかぶせながら自分で駆除した。なぜかストックホルム近郊で大発生したらしく、スズメバチ駆除をおこなう会社に電話したところ、メッセージになっていて、「今年ストックホルム近郊で大発生したため、9月まで駆除のサービスはすべて予約で一杯です。」とのこと。仕方がないので、子供たちにスズメバチを脅かすようなことをしないように、近くに飛んできてもパニックを起こして振り払ったりしないように、よく地面にもいるので外では必ず靴を履くこと、家の中でもスリッパを履くこと(そう、この国には網戸という便利なものが存在しないのだ。和室のゲストハウスを建てたとき、大工さんに網戸を必ず入れるように契約にも書き込んだがまだこれを入れてくれないので全額の支払いをしていないほど。)を言い聞かせる。今のところ、夫と夫の母は一度ずつ刺されたが私と子供たちは刺されていない。

羽蟻も毎年8月の数日間大発生する。別に刺すわけでもなく危険でもないのだが、窓をすべて閉め切っていてもどこからか家に入ってくる。しかも、何百匹の単位で。やはり気持ち悪い。そしてナメクジ。これは日本のナメクジの4〜5倍の大きさで、大きいものは10センチ以上。黒っぽい茶色で、これほどいやらしい生き物を私は他に知らない。毎日、夕方空気が湿ってくる頃庭に出てくるので、私は塩を入れたビニール袋を片手に、一匹一匹箸でつまんで歩く。このナメクジに遭遇して以来、以前は大好きだったエスカルゴは食べられなくなった。

さて、雨が降って以来ごくごく小さかったブルーベリーの実が大きくなってきた。スウェーデンの森にはいたるところにブルーベリーが自生している。我が家の敷地内にも、一面ブルーベリーのところがある。子供たちと毎日少しずつとって、冷凍する。頑張って3キロくらいになったら、ジャムを作る。これは我が家の恒例行事。これだけ作っても、年末までにはすべて食べてしまうのだけれど。庭の赤スグリの木からは今年は800グラムしか収穫できなかったので、少し買って足す予定。北欧のブルーベリーは目に良いらしいので、日本の母にも送ってやろう。

自然の中に暮らすのは大変なことも多いけれど、やはり恵みも多いのだ。

今日は私たちより一世代若い友人一家が夕食にくる。私たちはお客さんをもてなすのが好き。メニューを考えなくては。